中国の経済成長に伴い美術作品も売れるようになることを見越して、早めに中国に進出しようとした人々は実際たくさんおりました。ただ、うまくいった例は非常に少ないと思います。
たぶんこれが主な原因じゃないの?というような出来事を私も万博前の上海で体験していましたので、それについて書いてみます。たぶん、アート業界だけではなく、他の中国やアジア進出を目指している方々にも参考になると思います。
注:ここに書いてあるのは10年近く前に起きた出来事であって、現在の日本のアート業界には当てはまりません。今ギャラリーも世代交代が起きているので、ここに書いてあるようなわがままな人は最近は会ったことないです。あと、私が上海で働いてたギャラリーも良いギャラリーだったので違います!つまり、当然ながら、全ての場合に当てはまる訳ではないです。
2010年の上海万博の前は、景気が良くなったり万博関連のイベントが増えることを見越して、上海進出を目指す日本のギャラリーやアーティストも増えました。
そして、それに伴い現地に住むアート関係者はもちろん、アートに関係ない人々も、色々お世話役的な事を頼まれるのが増えた時期でもありました。
その頃、とあるアートフェアの最中、日本からの出展ギャラリーのお世話役的な事をしていた中国人の知り合いから聞いた話、
懇親会的な感じで日本のギャラリーや現地の関係者が集まる食事会を企画しても、「うちは○○画廊とは仲が悪いからうちだけ他の日にしてくれ。」とか言われる事があって(しかも一つの画廊だけではない、画廊同士とても仲が悪かったのである…)、何度も食事会を企画する必要があってめんどくさい、とか、
作品が売れないと、「作品を買い取れ!」とアートフェアの運営事務局に文句を言う画廊もある、とか、
対応に本当に疲れているようでかわいそうな感じでした。
私自身も、海外に不慣れすぎてトイレに一人で行けない、ずーっと他のギャラリーやアーティストの悪口を言っている人がなぜかスタッフとして来てしまったギャラリーのアートフェア出展の手伝いをした事もありますし、
上海で展示する自称?日本人アーティストの手伝いでは
現地でフレームのオーダー代行したら、「中国の額縁なんて心配だわ、寸法間違って出来ちゃったらどうしましょう?」と嫌味をいうおば様や、
自分ではタクシーにも乗れないしレストランで注文さえ出来ない風を装いながら、なぜか夜KTV(キャバクラ)にだけは自力で行けるおじ様たちとか、
他にもたくさんあるけど書くのが大変なので省略しますが、とにかく、日本のアート業界ってこんなのばかりなのか?!と絶望的な気分になりました。
ギャラリーの手伝いの場合は仕事として受けたので給料をいただきましたが、それ以外は全てノーギャラ、何かと案内したりする際の交通費や食事代を考えるとむしろ赤字な上、たいていの場合お礼の一言さえ言われないという…
そして結局、2010年の万博直前より私はそういう頼まれ事は一切引き受けない事を決心し、断るようにしてからは平穏無事な日々がやって来ました。
実は私と同じような目に会っていた人々が他にもいて、それぞれの判断で頼まれ事を断るようになってしまったため、結果的に上海への進出が難しくなってしまったのではないかと思います。
これと似た話で、某日系家電メーカーの工場で働いていた中国人の方から聞いた話で、
生産効率を良くするための前向きな提案を日本人の上司に伝えても無視され、むしろ鬱陶しがられて遠ざけられたそうで、ここでずっと働いても意味ないと思って辞めて自分で会社立ち上げた、と言っていました。
日本語が流暢でとても優秀そうな人でしたが、元々日本好きで日系企業に就職したのにとてもがっかりしたそうです。
企業の駐在員の中には、任期を何事も無く終える事を目的としていてやる気が全くない人もいるため、非常に残念な印象を与えてしまったりしていたようです。
残念な印象を与えるだけならまだましですが、このメーカーの場合、現在業績も悪化していますので実害が出てしまっています。
これらは上海の話ですが、他のアジアの国でも同じような事が起きてしまっていたかも知れません。
上に出てくる日本人たちは全て年配の方々ばかりで、ギャラリーももう無くなっていたりして、今となってはダメな印象だけ残していなくなった良くわからない人々という感じです。
ただ、このような日本人の印象が残されてしまった地域に新たに進出する場合、残された日本人に対するマイナスな印象を払拭するという余計な努力から始めないといけない事になります。
ですので、海外進出を目指して下見に行って、現地の人々がなんとなく冷たい場合、前に日本人から何か嫌な目に会ったのかも知れません。その場合、自分はそういう人とは違いますよーという事が伝わるように言動や態度に気を遣う必要がありますね。
実は私も日本に帰国する前は「日本のアート業界=魑魅魍魎がいる恐ろしい所」と思ってびびっていましたし、もう活動停止かも!くらいに思っていました。
しかし、実際は帰国してからアート関係者で嫌な人に出会ったことが無く、ほっとしている次第です。